ウィリアム・オッカム(William of Occam):オッカムの剃刀

感覚にもとづく個物の直感的な認識によって自然=世界を捉えようとする「新しい道」を切り拓いたウィリアム・オッカムは、「旧い道」において自明とされていた普遍的な存在=実体を認めず、「存在は必要がなく、増やしてはならない」「より少ないもので成立するものを、多くのものによって成立させるのは無駄である」というような「(思考)節約の原理」と呼ばれる考え方を唱えた。
つまり、これは、なんらかの現象や事柄を説明するにあたっては、必要以上の仮定や前提はせず、できるだけシンプルにするという考え方である。
なぜなら、ウィリアム・オッカムによれば、“説明はシンプルであるほうが優れている”からである。
そのため、ウィリアム・オッカムは、“不必要”だと思われる実体を、まるで剃刀(かみそり)で削(そ)ぎ落としていくように説明から切り捨てていった。
こうした「節約の原理」にもとづくウィリアム・オッカムの手法は、「オッカムの剃刀」とも呼ばれる。

「オッカムの剃刀」は、自然=世界の説明から神を切り離し、信仰(神学)と理性(哲学)を完全に分離した。
この決定的な分離は、両者を調和させようとしてきたスコラ哲学を終わらせ、信仰と理性はそれぞれ別々の道を歩むことになる。
つまり、哲学は、経験にもとづく認識によって世界を説明するあり方を志向し、物理学や天文学といった観察と実験による近代科学を生み出すとともに、イギリス経験論へとつながっていった。
一方の神学=キリスト教は、「ただ信仰あるのみ」と主張するルターの登場により、宗教改革へ進むことになった。

こうした視点から見ると、ウィリアム・オッカムは、中世哲学を終わらせたにとどまらず、認識を知識の根拠とする近世哲学の舞台を用意したと言うことができるのである。

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