ソフィスト(Sophist)

ペルシア戦争(B.C.492〜B.C.479)に勝利したギリシア(アテナイなどのポリス=都市国家)では、民主制が発達し、豊かな市民や貴族の子弟を相手に、「知恵」(ソフィア)を教え、その報酬として授業料を得る、自称「知恵ある者」=「ソフィスト」たちが現れた。
ソフィストは、幾何学や天文学などの自然学はもちろんのこと、歴史や自己鍛錬法、生活の心得にいたるまで、いろいろなことを教えていたらしい。(※1)
そして、ソフィストが教えた「知恵」のなかでも特筆すべきは、「弁論術」(レトリケー)であった。

「弁論術」とは、上手に語って人の心を動かし、説得するための話術のことである。
具体的には、選挙や議会で上手に演説して納得させ、国家の有力者になったり、法廷で自分を弁護し、相手を失墜させたりする技術である。
これは、見方によれば、人間のもっとも大切な能力である言葉を重視し、哲学の関心を自然そのものから人間へ向け換え、人間を哲学的に探究する道を拓いたと言うことができる。
しかし、その一方で、ソフィストや「弁論術」を学ぶ若者たちの最大の関心は、言葉の技術によって相手や人びとを“言いくるめる”ことにあった。
そのため、ソフィストには、言葉によって自然の本質や物事の真偽を明らかにしようとする哲学本来の姿勢が希薄であった。

ソフィストの代表としてよく挙げられる人物に、プロタゴラスとゴルギアスがいる。

プロタゴラス(B.C.500〜B.C.430)は、『真理』という著作のなかで「人間が万物の尺度である。あるものについては、あるということの、ないものについては、ないということの」と説いた。
この言葉の意味は、それぞれの国家における風俗や習慣、制度は絶対的な根拠がない相対的なものであり、弁論はその国の人びとの考え方と習俗に従うときに説得力を持つということらしい。
このプロタゴラスの説は、善悪や美醜について、正反対のことが言えるという相対主義的な考え方(誰でも納得する絶対的な判断基準はないという考え方)を導いた。

一方、ゴルギアス(B.C.483〜B.C.376)は、『自然について、または存在しないものについて』という著作のなかで、「ないものについて」言及し、(1)「何もない」、(2)「あるとしても、われわれ人間には知ることができない」、(3)「知ることができたとしても、他人には伝えられない」という論を展開した。
この論は、弁論が有効だということを“証明”する意図で述べられたものらしいが、人間の言葉は事物の真偽とは無関係な人為的なものであり、人間の認識能力そのものすら怪しいものだという考えが見て取れる。

こうしたソフィストたちの相対主義的・懐疑主義的な言論に対抗したのが、ソクラテスだったのである。

(※1)近代の哲学者ヘーゲルは、『哲学史講義』という著書のなかで、ギリシアに教養を広く行き渡らせたとしてソフィストを高く評価している。

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