カント(Kant):道徳的行為と自由意志

自己の利福を度外視した定言命法に従う行為が真の道徳的行為だと考えたカントに従えば、ある行為がどれだけ道徳的であるかということを結果や見かけから判断することはナンセンスになる。
つまり、カントの哲学においては、行為の動機、すなわち、無条件に道徳法則に従おうとする意志=「善意志」こそが重要なのである。

人間は、感性的存在者として、食欲や性欲、その他さまざまな生理的欲求を充たす行為を行う。
しかし、その行為は、たとえばお腹が空いたから食べ物を食べる、眠くなったから寝る……というように、たんに自然のメカニズムに従った行為にすぎず、そこに自由はない。
人間には、生理的欲求を充たすだけにとどまらない理性的存在者としての性質が備わっている。
それが「自由意志」である。

お腹が空いているけれども飢えた子どもを助けるために自分は食べない、眠いけれども敵から仲間を守るために自分は寝ない……
自分は食べることを選択できたし、眠ることを選択することもできた。
しかし、そのような傾向性に従う行為ではなく、あえて道徳的行為を選択した。
そうした行為をなすことができるのも、自由意志があるからだ。

自然のメカニズムに従う存在に堕落(だらく)することなく、自由意志によって定言命法に従う行為を選び取る——
これが、カントの実践哲学=倫理学の基本である。

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