カント(Kant):生涯と著作

前章で見たように、近世哲学は、デカルト、スピノザ、ライプニッツに代表される大陸合理論と、ロック、バークリー、ヒュームに代表されるイギリス経験論に大別される。
大陸合理論は、理性によって、実体を基盤とした世界像を精緻(せいち)に構成し、自然科学を基礎づけようとした。
一方のイギリス経験論は、すべてを感覚にもとづく経験から解釈し、大陸合理論における実体を否定したばかりか、自然科学における認識すら確実ではないと主張した。
近代哲学は、こうした2つの相反する哲学の流れを“統合”することから出発したのである。
そして、この“統合”の大仕事に挑んだのが、カントであった。

イマヌエル・カント(Immanuel Kant、1724〜1804)は、ドイツのケーニヒスベルクに生まれ、ケーニヒスベルク大学へ進学し、卒業したのちは7年間の家庭教師生活を経て、1755年にケーニヒスベルク大学の講師として採用され、1770年に同大学の教授となっている。
上記の経歴からも窺い知ることができるように、カントは一生涯、ケーニヒスベルクの地を離れることはなかったと言われている。

カントが学んだケーニヒスベルク大学は「ライプニッツ=ヴォルフ学派」の考え方が盛んで、カント自身も、その学派の影響を受けた。
「ライプニッツ=ヴォルフ学派」は、ライプニッツの哲学をヴォルフが独自に再解釈した合理論を奉じ、理性を万能とする考え方をしていたらしい。
しかし、カントは、ヒュームによって「独断のまどろみ」から目を醒(さ)まされ、逆に、ライプニッツ=ヴォルフ学派の考え方を「独断論」と呼んで批判するようになった。
つまり、カントは、理性万能主義の立場を捨て、理性を経験(論)によって批判的に捉え直すという試みを開始したのである。
この試みこそが、大陸合理論とイギリス経験論のそれぞれの立場を“統合”することになった。

カントは多数の著作を著したが、“統合”の試み=カントの哲学は、『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』という3つの批判書にほぼ集約されている。
『純粋理性批判』では人間の心の働きのうちの認識が、『実践理性批判』では行為と意志が、『判断力批判』では感情が、それぞれ扱われている。
あるいは、真・善・美が、それぞれ扱われていると言ってもいい。
これら3批判書が、カント哲学を知るうえでの最重要書となる。

この他、カントの主要な著作には、『啓蒙とは何か』『世界市民という視点からみた普遍史の理念』『人類の歴史の憶測的な起源』『万物の終焉』『永遠平和のために』(以上5著作は、光文社古典新訳文庫の『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編』に収録)などがある。

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