ヘーゲル(Hegel):論理学、自然哲学、精神哲学

精神現象学』を著したヘーゲルは、その成果を土台として、絶対精神の展開を捉える哲学体系の構築に取りかかり、『エンチュクロペディー』として刊行した。
『エンチュクロペディー』は、「論理学」(※1)「自然哲学」「精神哲学」の3部から構成される。

論理学

ヘーゲルが言う「論理学」は、考え方の規則としての(形式)論理学ではなく、さらには、認識の成立要件としての(超越論的)論理学でもない。
そうではなく、絶対精神が自己の思惟を展開していくプロセスを描いた論理学である。
ヘーゲルによれば、思惟は、それ自身が規則を生み、自己展開していくという。
たとえば、リンゴは青いという主張(「存在」)に対して、リンゴは青くないという主張(「無」)が唱えられ、リンゴは最初青いが、そのあと赤くなるという主張によって対立は“解決”される。
つまり、質、量、限度、存在、本質といったカテゴリーは、思惟のプロセスのなかでおのずと生じてくる。
次に、思惟は、存在の根底にある本質へと及んでいく。
存在と本質は対立するものとして捉えられるが、やがて両者は「止揚」(統一)され、「概念」となる。
その後、「概念」は弁証法的に展開し、「理念」となる。

自然哲学

ヘーゲルによれば、自然は理念の「他在」(外部化)である。
自然は、理念を実現するものではないが、理念が精神の領域へと弁証法的に展開していくために必須の領域である。
この自然の領域において、理念は、空間を対象とする力学、法則を見出す物理学、生命を対象とする有機体論へと弁証法的に展開していく。
理念は有機体論において扱われることにより、「他在」である自然から、ふたたび精神の領域へと戻っていく。

精神哲学

精神の領域へと展開した理念は、個人としての精神(「主観的精神」)が、世界のなかに現実化され、歴史のなかで自己を実現する精神(「客観的精神」)との対立をきっかけとして、絶対精神と一致する。
絶対精神との一致において精神は、自己を直観し、表象し、概念として把握する。
この最終的な概念把握こそが、「哲学」である。
そして、この「哲学」において、すべてのものが(哲学の歴史すらも)体系化され、全体のなかに位置づけられるのであり、それによって初めて真の自由が実現するのだとヘーゲルは考えたのであった。

(※1)1812〜16年にかけて刊行された『論理学』(大論理学)と区別するために「小論理学」と呼ばれる。

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