アリストテレス(Aristoteles):可能態・現実態、四原因論

アリストテレスは、『形而上学』のなかで、さらに、「形相」と「質料」を切り口に、プラトンの哲学においては考えられなかった変化と運動について考察している。

すでに見たように、「第一実体」である個物は「形相」と「質料」の合成体であるが、この合成体において「形相」は「質料」に対して作用するものであり、「質料」は「形相」の作用を受けるものである。
たとえば、ここに石があるとする。
石は、素材として、石像にも敷石にも建物の柱にもなる“可能性”を持っている。
しかし、石が石像という“現実的な存在”になるためには、石を石像にする彫刻家が心のなかに抱いている「形相」が必要である。
そして、素材としての石が彫刻家の「形相」によって個物としての石像になるとき、そこには「可能態」(デュミナス)が「現実態」(エネルゲイア)へ変化するという「運動」(キネシス)が認められるのである。

それでは、こうした「運動」はどこから始まるのかというと、それは、変化する前の純粋な質料=「第一質料」である。
逆に、すべての質料が現実的な存在となるゴールはどこかというと、それは、いかなるものの質料ともなりえないところまで行き着いた「純粋現実態」(エンテレケイア、「純粋形相」とも言う)である。

こうした「運動」をさらに考察すると、「運動」の原因には4つあることがわかる(「四原因論」)。
質料因」「形相因」「始動因」「目的因」である。
上記の石像を例にすると、「質料因」が石、「形相因」が像、「始動因」が彫刻家、「目的因」が石像を制作する意図に、それぞれ当たる。

さらに考察を進め、「始動因」である彫刻家を動かすものは何か、その何かは何に動かされているのか……と「運動」の原因をさかのぼって考えていくと、その果てには、“他を動かしてもみずからは決して動かないたった1つのもの”がいることになる。
アリストテレスは、この存在を「不動の動者」と呼び、神とみなしたのであった。

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