(カンタベリーの)アンセルムス(Anselmus Cantuariensis)

476年に西ローマ帝国が崩壊したあと、西ヨーロッパの統一を果たしたのが、フランク王国のカール大帝(在位768〜814)である。
そのカール大帝は、ローマ帝国が滅んだあと荒廃した学芸を復興するため、主にローマ教会や修道院に附属する学校(スコラ)の修道士たちに学芸を奨励した。
この学芸復興運動を「カロリング・ルネサンス」と呼ぶが、これが「スコラ哲学」の出発点となった。
「スコラ哲学」は9世紀から15世紀にわたって展開されたが、教父たちによって確立されたキリスト教の教義と、古代ギリシア哲学から続く理性とをいかにして調和させるかが課題であった。

そうしたなか、1093年から1109年までカンタベリー大司教を務めたアンセルムス(1033〜1109)は、教会の正統的な信仰に依拠しつつ、神を理性によって捉えようと試みた。(※1)
アンセルムスが行なったのは、「神の存在証明」であった。
アンセルムスの著作の1つである『プロスロギオン』によれば、まず、“神とは、それ以上大きなものを考えられない存在”であると定義される。
次に、何かが人間の理性の内にあるだけではなく、理性の外にもあるとすれば、そちらのほうがより大きいと言える。
しかし、もしもそのような存在が理性の内にあるだけで、現実には存在しないとすれば、“それ以上大きなものを考えられない”という定義と矛盾する。
だから、神は理性の内にだけでなく、現実にも存在する——

アンセルムスの「神の存在証明」は、その後、デカルトやカントなど後世の哲学者たちに大きな影響を与えた。

(※1)アンセルムスは、スコラ哲学を興隆に導いたとして、「スコラ哲学の父」と呼ばれている。

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