【徳倫理学】ソクラテス(Socrates)

まずは、規範倫理学のうちの「徳倫理学」について紹介していこう。
「徳倫理学」というのは、行為を選択するとき、徳のある人が行なうと思われる行為を基準にする考え方である。
つまり、「徳倫理学」では、有徳な者と同等の行為を行えるよう、行為する者が自分の徳を高めることが求められるのであり、行為者の「性格」が重視されるということである。
こうした徳倫理学の源流は、ソクラテスプラトンアリストテレスにあると言われている。

ソクラテス(B.C.470/469〜B.C.399)は、「無知の知」の立場に立ち、人間にとってもっとも大切な「善美のことがら」については自分を含め誰も知らないという自覚のもと、言葉(ロゴス)を頼りに、〝善く生きるとはどういうことか?〟と問うていった。
この問いに対してソクラテス自身が出した答えは、〝「善く生きる」とは、「アレテー」を身につけて生きることである〟というものだった。
「アレテー」とは、〝卓越性〟〝有能性〟と訳されるギリシア語で、そのものが持っている性能のよさのことである。
たとえば、〝ナイフのアレテー〟と言えば〝切れ味のよさ〟であり、〝馬のアレテー〟と言えば〝足の速さ〟である。
それでは、〝人間のアレテー〟とは何か?
それは、ソクラテスによれば、「魂の卓越性」(魂が優れていること)であった。

「魂の卓越性」とは、たとえ自分自身に不利益になることがわかっていても、道徳的なふるまいをすることができる性質のことである。
そして、ソクラテスは、この性質を身につけ、高めるためには、「魂の世話」(魂への配慮)が必要だと唱えたのである。

ソクラテスによれば、「魂の世話」(魂への配慮)とは、物事の本質を知ることだという。
とりわけ、〝勇気〟や〝正直〟といった人間にとっての徳の本質を知ることが重要だ。
なぜなら、人間は、たとえば〝勇気〟の何たるかを知れば、勇気ある行為を必ずとる(とらざるをえない)存在だからである(「知行合一」)。
そして、徳を身につけ、道徳的なふるまいをする生き方は「幸福」でもある(「福徳一致」)。
そのようにソクラテスは考えたのだった。

※関連ページ:「ソクラテス:知徳合一と魂の世話

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