【功利主義】規則功利主義と行為功利主義

功利主義においては、社会全体の幸福が増大するような行為が〝善い行為〟なのであった。
しかし、そうすると、〝善い結果〟が重視される一方、道徳的なルールが軽視され、その結果、受け入れがたい判断がもたらされるケースが出てくる可能性がある。
たとえば、臓器移植を受ければ助かる5人を救うために、1人の健康な若者を殺してもいいというような判断である。
功利主義に従えば、こうした判断が肯定されるのではないか——?

こうした批判への応答として、アメリカの倫理学者リチャード・ブラント(Richard Brandt、1910-1997)らが提唱したのが、「規則功利主義」である。
つまり、「功利性の原理」を「行為」に適用するのではなく、「規則」に適用するという考え方である。
上述の例で言えば、若者を殺せば5人の命が助かるとしても、その行為によって〝人を殺してはならない〟という規則が信頼を失い、社会全体の幸福を減少させることになる。
また、〝人を殺してはならない〟という規則を守るほうが、社会全体の幸福を増大させることになる。
よって、「功利性の原理」を「規則」に適用するのがふさわしい——
「規則功利主義」においては、そう考えるのである。

一方、「功利性の原理」を「行為」に適用する従来の立場を「行為功利主義」と呼ぶ。
この「行為功利主義」は、「規則功利主義」に対して、規則が複雑になれば結局のところ「行為功利主義」と同じになるのではないか、あるいは、規則にこだわると人びとが不幸になっても、それを見過ごしてしまい、結局は功利主義の基本精神に反することになるのではないか、といった批判を投げかけている。

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