【徳倫理学】プラトン(Plato):魂の三区分説と四元徳

前のページでは、人が正しくふるまうためには、イデアを想起することが必要であるとプラトンが考えたことを見た。
これは、たとえば、正しさのイデアを想起した(知った)ならば、その人の魂は正しくなる(正しくならざるをえない)のであり、そのため正しくふるまうことが可能になるということである。
逆に言えば、正しくふるまえないのは、その人が正しさのイデアを想起していない(知らない)からである。
魂がイデアを想起していれば(知っていれば)、道徳的にふるまうことができる——
これが、プラトンの倫理思想の基本である。

とはいえ、人はよく、理性と欲望のあいだで気持ちが揺れるものである。
プラトンは、その著作『パイドロス』のなかで、こうした人間の魂のあり方を、2頭の馬と、その馬を操る1人の御者(ぎょしゃ)とにたとえた。
このたとえでは、2頭の馬のうちの1頭を「気概」、もう1頭を「欲望」、2頭を操る御者を「理性」として表している。
「気概」が正しく働くと「勇気」という「徳」が現れ、逆に、誤って働くと「臆病」という「悪」が現れる。
「欲望」が正しく働くと「節制」という「徳」が現れ、逆に、誤って働くと「放埓」(ほうらつ)という「悪」が現れる。
「理性」が正しく働くと「知恵」という「徳」が現れ、逆に、誤って働くと「無知」という「悪」が現れる。
そして、「勇気」「節制」「知恵」が発現し、魂全体が調和したとき、「正義」という「徳」が現れるのである。
こうしたプラトンの魂に関する考え方を「魂の三区分説」(三分説)と呼び、「節制」「勇気」「知恵」「正義」の4つの徳を「(ギリシアの)四元徳」(しげんとく)と呼ぶ。

さらにプラトンは、『国家』という著作において、こうした魂の見方をベースに、ポリス(古代ギリシアの都市国家)の理想のあり方を考えた。
つまり、ポリスを魂に見立てたのである。
プラトンは、まず国民を「守護者」(支配者)「補助者」(戦士)「大衆」(市民)の3つの階層=「種族」に分けた。
そして、それぞれの階層が「知恵」「勇気」「節制」という徳を発揮すれば、ポリスにおいては「正義」という徳が発現するので、ポリスの秩序は正しく維持されると考えたのである。

また、プラトンは、ポリスが理想のあり方であるためには、ポリスを正しく治める「知恵」を持つ人物が「守護者」(支配者)にならなければならないと考えた。
それでは、そうした「知恵」を持つ人物とは誰か?
それは、哲学者である。
つまり、プラトンによれば、哲学者が支配者になるか、支配者が哲学者にならなければ、ポリスの「正義」は実現しないことになる。
こうしたプラトンの考え方を「哲人政治」「哲人王政治」「哲人王論」などと呼ぶ。

※関連ページ:「プラトン:理想の国家と『魂の三区分説』

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