【徳倫理学】プラトン(Plato):善のイデア

プラトン(B.C.427〜B.C.347)は、ソクラテスの弟子である。
彼は、師ソクラテスの遺志を受け継ぎ、徳の本質の探究を進めていった。

プラトンは、『メノン』という著作のなかで、問答するソクラテスの姿を描くことを通して、およそ次のように述べている——
徳の本質を定義するには、徳があると思われるものを1つ1つ挙げていくだけではダメである。
それらに共通する〝何か〟を探究しなければならない。
しかも、その〝何か〟とは、すでに人びとに〝知られているもの〟である。
だから、あとは、その〝何か〟を「ディアレクティケー」(問答)によって「想起」(アナムネーシス)させてやればいいのである。(※1)
そうすれば、その〝何か〟を基準にして正しく道徳的な行為が可能となり、本人や社会を幸福にすることができる。

プラトンは、肉体や感覚によってはとらえることができず、ただ理性によってのみとらえることができる、この〝何か〟を「イデア」(idea)と呼んだ。
「イデア」は、われわれの世界にあるあらゆる事物の原型(オリジナル)であり、逆に、あらゆる事物は「イデア」の〝コピー〟である。
つまり、長さや大きさがバラバラな数多くの三角形がみな〝三角形〟に見えるのは、それらの奥に〝三角形のイデア〟を見ているからであり、木や犬がみな〝木〟や〝犬〟に見えるのは、それらの奥にそれぞれの「イデア」を見ているからである。
正しさや勇気も同じだ。
真に正しい行為が正しく思えたり、真に勇気ある行動が勇ましく見えたりするのは、その奥に〝正しさのイデア〟や〝勇気のイデア〟を見ているからである。(※2)

プラトンによれば、こうした「イデア」は「イデア界」(可想界)と呼ばれる永遠不変の世界に実際に存在する。
そして、その「イデア界」に調和をもたらし、さまざまな「イデア」をイデアたらしめる〝最高のイデア〟が存在するという。
それが「善のイデア」である。
国家』というプラトンの著作によれば、「善のイデア」は、その光によって地上のすべてのものを照らし出し、眼で見ることができるようにする太陽と同じように、イデア界に存在するすべてのイデアを照らし出し、理性で認識できるようにする存在なのである。
そのため、プラトンの倫理学においては、個々のイデアを探究するのはもちろんのこと、「善のイデア」の存在に気づき、それを人びとに知らせることが重要なのである。(※3)

(※1)「プラトン(Plato):想起説」を参照
(※2)「プラトン(Plato):イデア論」を参照
(※3)「プラトン(Plato):太陽の比喩、線分の比喩、洞窟の比喩」を参照

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