【功利主義】ミル(Mill):「功利主義道徳の理想的な極致」と他者危害原則

「功利主義道徳の理想的な極致」

【功利主義】ミル:質的功利主義」で紹介したように、人は、自身にそなわった「尊厳の感覚」の働きによって、〝質が低い快楽(快)〟で満足することなく、〝質が高い快〟を求める存在なのであった。
これは見方を変えれば、自分ひとりの幸福を求めるよりも、他人や社会の幸福の増大に寄与する行為をなすことによって〝質が高い快〟を得られるということである。
ここでミルは、〝人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人に施せ〟〝自分を愛するように隣人を愛せ〟というイエス・キリストの教え=「イエスの黄金律」を引き合いに、これこそが「功利主義道徳の理想的な極致」だと主張した。
そして、こうした理想の状態を実現する道として、各個人の幸福と社会全体の幸福とが調和するような社会制度への変革と、「尊厳の感覚」をそなえた高貴な性格を開発する教育の実践を唱えたのである。

他者危害原則

ミルは、『自由論』という著作のなかで、いわゆる「他者危害原則」という考え方について述べている——
〝個人として、あるいは集団として、人が誰かの行動する自由に干渉してもよいと言えるのは、自己防衛を目的とする場合のみである。また、文明社会のなかで、誰かに対して、本人は嫌がっているにもかかわらず権力を行使してもよいのは、他人への危害を防ぐことを目的とする場合のみである〟

これは、他人の目から見て、明らかに〝そうするほうが彼(彼女)のためになるだろう〟とか、〝なんで彼はあんなことをするんだ〟と思えるようなことがあっても、彼を強制して何かをやらせたりやめさせたりすることは正しくないということである。
それが許されるのは、彼の行為が他人に害を及ぼす場合のみだというのである。
こう考えることによって、ミルは、政府や社会が市民に不当に干渉することを防ぎ、自由を保障しようとしたのである。

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