【功利主義】ヘア(Hare):選好功利主義

ヘアは、「二層理論」を唱えた一方で、道徳的な判断の際に使われる言葉がどのような性質を備えているかについて考察し、功利主義を新しい方向へ展開させた。

私たちはよく〝〜すべきである〟と言う。
たとえば、あなたがAさんに向かって〝人には親切にすべきである〟と言ったとする。
そして、Aさんがあなたの言葉を受け容れたとする。
ヘアによれば、このときAさんは同時に、〝人には親切にすべきである〟と言ったあなたの指令(命令)も受け容れたのである。
つまり、この「べき」という言葉のなかには「〜せよ」という指令の意味が含まれているのであり、道徳的な言葉が持つ基本的な働きは、聞き手に行為を指令することにあるのだという。
道徳の言葉がもつこうした性質を、ヘアは「指令性」と呼んだ。

さらに、ヘアは、「べき」という道徳の言葉のもうひとつの性質について指摘した。
たとえば、ある状況において、あなたはAさんに〝ウソをつくべきではない〟と言ったとする。
そして、またあるとき、あなたとAさんは、ほぼ同じような状況に直面したとする。
このとき、あなたは、Aさんに対して、やはり〝ウソをつくべきではない〟と言うはずだ。
つまり、ヘアによれば、ある状況においてある道徳的な判断を下すということは、他の同じような状況においても同じ判断を下すことを意味するのである。
また、このことは、もしもあなたがAさんとまるで同じ立場にあるならば、同じ判断が自分自身にも下されるべきだという見解を受け容れることにつながる。
なぜならば、Aさんが置かれていた同じ立場に自分が置かれたとき、Aさんに対して指令したことを、自分は受け容れないというのは、明らかに矛盾しているからである。
ヘアはそう考え、道徳の言葉がもつこうした性質を「普遍化可能性」と呼んだ。

ところで、ヘアによれば、道徳的な判断に「指令性」という性質があるならば、そうした判断をする人は、自分自身で、その指令に同意しているという。
つまり、その指令によってもたらされる状況の実現を、他の状況の実現よりも望んでいるからこそ、そうした指令を発するのだという。
こうした望みを、ヘアは「選好」と呼んだ。
そして、人びとの道徳的な判断の根源にある「選好」が「普遍化可能性」と両立するように最大限に充足されることが、道徳的に〝善い〟と考えた。
こうしたヘアの考え方を「選好功利主義」と呼ぶ。

このようにしてヘアは、ベンサム以降の功利主義が行為の善悪の基準としてきた「快楽」や「幸福」の実現を「選好の充足」へと置き換えたのであった。

なお、ヘアの教え子で、現代を代表する倫理学者にピーター・シンガー(Peter Singer、1946-)がいる。
シンガーは、「選好功利主義」の立場から、主に生命倫理の問題を扱い、大きな影響を与えた。
特に、現代の動物利用のあり方を考察した「動物解放論」は、シンガーのもっともすぐれた哲学的功績だと言われている。
シンガーの倫理学は、規範倫理学や功利主義の文脈で扱うにはかなり実践的な内容なので、応用倫理学や通常の記事のなかで随時取り上げることにする。

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