【徳倫理学】現代における展開(3):フット(Foot)

マッキンタイアと同時代を生きたのが、イギリスの倫理学者フィリッパ・フット(Philippa Foot、1920〜2010)である。

これまで見てきたように、徳倫理学においては、道徳の根拠を、行為の動機や結果に求めるのではなく、人間の特性や性格に求める。
つまり、〝善い行為〟とは〝善い人間がなす行為〟と考えるのであるが、フットは、この根拠を人間の自然本性に求めた。

自然界を見渡すと、あらゆる動植物は、その種独自の機能を発揮することで、本来の「生のあり方」を実現し、種を繁栄させている。
たとえば、シカであれば俊敏さ、フクロウであれば暗視能力、オオカミであれば共同狩猟の能力をそれぞれ発揮することによって生き延び、種が存続している。
フットによれば、それぞれの個体が「自己保存」と「種の繁栄」をめざし、その能力を発揮することが〝善い〟あり方なのである。

フットは、こうした自然界への見方を人間に当てはめて考えた。

動植物がめざす「自己保存」と「種の繁栄」は、人間においては「幸福」の追求に該当する。
一方、シカにとっての俊敏さのような種独自の機能は、人間においては「実践的合理性」に該当する。
そして、この「実践的合理性」は「理性的な意志」によって発揮される。
つまり、私たち人間は、「幸福」という目的を実現するために、各人が「理性的な意志」によって「実践的合理性」を発揮するが、そうしたあり方こそが人間本来の「生のあり方」であり、〝善い〟あり方なのだと、フットは唱えたのであった。

ちなみに、フットは、「トロッコ問題」もしくは「路面電車問題」と呼ばれる著名な思考実験を提供している。
これは、〝ある人を助けるために他の人を犠牲にすることは許されるか?〟という倫理的なジレンマを考察するための問題で、応用倫理学や道徳心理学、神経科学などの分野において活発に議論されている。

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