【生命倫理学】安楽死・尊厳死・死ぬ権利

安楽死

安楽死」(euthanasia)とは、不治の病いに冒された患者が、自分の意思によって終末期の耐えがたい身体的な痛みを避け、安らかな死を迎えることである。
安楽死は一般に、(1)生かすがための無意味な治療を中止する「消極的安楽死」、(2)医師が患者に致死量の薬物を投与する「積極的安楽死」、(3)患者の苦痛を緩和することで結果的に死期を早める「間接的安楽死」に分けられる。
3つの類型に分けられる安楽死のなかで、積極的安楽死は、厳格な要件を課さなければ、自殺幇助や殺人と区別するのはむずかしい。
そのため、積極的安楽死が法的に認められている国や地域は、オランダや米国オレゴン州など数少ない。

尊厳死

尊厳死」(death with dignity)とは、末期がん等の終末期にある患者が自発的に延命措置を拒否して、人間としての尊厳を守りつつ、自然のままに死ぬことである。
尊厳死においても、安楽死の場合と同じように、患者本人の(事前の)意思のあることが大前提となる。
したがって、医師が勝手に患者を楽に死なせてあげようと本人の意思確認を怠って、〝患者のためを思って〟薬物を投与すると、日本や西洋(の多く)では自殺幇助もしくは殺人として罰せられることになる。
なお、尊厳死と消極的安楽死を同一に捉える見方もある。

死ぬ権利(死の自己決定権)

安楽死と尊厳死に共通しているのは、〝最後まで人間らしく生き、また人間らしく尊厳をもって死ぬ〟というあり方である。
このあり方を可能にしているのは、「死ぬ権利」(死の自己決定権)と呼ばれる概念である。
「死ぬ権利」は、「自己決定権」(他人に迷惑をかけない限り、あるいは他人の権利を侵害しない限り、たとえ本人にとって結果的に不利益がもたらされようとも、自分のことを自分で決められる権利)にもとづいている。
言ってみれば、〝人間いずれは死ぬのであるから、自己の責任において死に方を選んでいい権利〟である。
しかし、ここで問題となるのは、本当に本人が切に望んで死を選ぶことができるかどうかということである。
よりよい最期を迎えるための本人の選択であればよいが、治療のための膨大な医療費と、その費用を負担する残りの家族のための選択になるとしたら問題だ。
また、家族が高い医療費や看護の手間を懸念し、「死んでほしい」という気持ちを心のどこかで持ってしまったら、死ぬ権利が〝死ぬ義務〟へと変質してしまいかねない。
このように、死ぬ権利は、患者本人の意思の尊重を可能にする一方で、〝死を迫る〟という危険性をも合わせ持っているのである。

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