【生命倫理学】脳死(brain death)

脳死」とは、脳が回復できないほどの損傷を受け、脳幹の機能が停止した状態のことである。
交通事故や脳内出血などのアクシデントによることが多い。

脳死の判定基準

〝人の死〟は、ふつう、〝瞳孔散大〟〝呼吸停止〟〝心臓停止〟という3つの徴候によって判定される(「三徴候死」)。
しかし、救急医療の現場で人工呼吸器が使われるようになると、脳の機能は停止しても(瞳孔散大は確認できても)、心臓や肺は動きつづけるという患者が現れた。
こうした状態は当初、「超昏睡」「不可逆的昏睡」と呼ばれ、生きているとみなされた。
しかし、患者はほどなく死にいたることから、「脳死」という基準をつくり、〝死んでいるものとみなす〟ことによって、移植用臓器を摘出することができるようにしたのである。
脳死かどうかを判定する基準は、国によって異なるが、日本の場合は以下のとおりである(1985年の厚生省基準=「竹内基準」)。
(1)深昏睡:顔に刺激(痛み)を与え、反応がないかどうかテストする
(2)自発呼吸の消失:人工呼吸器を一時的に外し、自発呼吸がないかどうかテストする(無呼吸テスト)
(3)瞳孔固定:瞳孔の大きさが左右ともに4ミリ以上になっているかどうか確かめる
(4)脳幹反射の消失:対光反射、角膜反射、毛様脊髄反射、眼球頭反射、前庭反射、咽頭反射、咳反射がないかどうかテストする
(5)平坦脳波:脳波が平坦かどうか確かめる
(6)時間的経過:(1)〜(5)の条件が満たされてから6時間経っても変化がなければ、その時点をもって〝死〟と認めてよい

脳死は人の死か?

脳死者から心臓や肺、肝臓などの臓器を摘出して、臓器不全の患者へ移植する「脳死移植」(脳死・臓器移植)は、先進国を中心に行なわれている。
日本でも、1997年10月に、いわゆる「臓器移植法」(臓器の移植に関する法律)が施行され、脳死移植が行なえるようになった。
しかし、法律施行前はもちろんのこと、法律施行後も、現在にいたるまで、〝脳死は人の死か?〟という問いかけは続いている。
〝脳死は人の死だ〟と主張する人びとの多くは、〝人間の本質は精神にあり、その精神の座は脳にあるのだから、脳の機能停止は人格の消失=人間でなくなったことを意味する〟と考えている。
一方、〝脳死は人の死ではない〟と主張する人びとは、脳死状態であっても出産した女性患者や、脳の働きが失われているにもかかわらず体温の調節や消化吸収などの身体機能が改善した患者の例を挙げ、脳だけが人格の統一性を維持しているのではないとして、脳死肯定派の考えを批判している。
また、脳死は、臓器移植を前提にして〝つくられた死〟である。
しかし、再生医療の発達によって、将来、移植用の臓器を作製できるようになれば、脳死者からの臓器の摘出は必要なくなる。
つまり、脳死移植は過渡的な医療なのである。
とすれば、そうした過渡的な脳死移植のために、人びとに深く受容されている三徴候死をわざわざ変更してまで、脳死を人の死とする必要はないのではないか?
そうした批判も根強い。

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