【生命倫理学】医療における人間関係と医療のあり方の変化

パターナリズムからインフォームド・コンセントへ

医療の発達は、医師と患者の関係を変えた。
以前は、医師は父親のように威厳をもって患者を診療・施術し、患者は医師の治療をただ子どものように受け入れるという医療のあり方だった。
こうした父子関係のような上下関係にもとづく医師と患者のあり方を「パターナリズム」と呼ぶ。
しかし、やがて医療への信頼が低下したり、患者の権利が確立されたりしてくると、「患者の自己決定権」が認められるようになってきた。
この権利は、患者が医師や看護師などの医療関係者と対等な立場に立って治療について説明を受け、充分に納得したうえで治療法を選択することに同意する「インフォームド・コンセント」(説明と同意)があってはじめて可能となる。
そして、インフォームド・コンセントは、今では街中の医療機関にまで浸透した。
その結果、患者は自分の治療法を医師任せではなく自分で納得して選択できるようになった。
しかし、その一方で、医師からの説明に対して適切な判断を下す必要があるため、患者は常に医学的な知識を吸収し、自己研鑽していなければならないという負担が増えた。
とりわけ、今後増加する高齢者にとっては、かなり負担が大きいと言える。
また、安楽死生殖補助医療において、自己決定権をどこまで認めるかということも問題である。
こうした問題を今後どのように克服していくかが大きな課題となっている。

キュアからケアへ

医療の発達はまた、医師と患者の関係だけでなく、医療そのもののあり方も変えた。
従来の医療において医師の役割は、患者の疾患や傷を治療する「キュア」(cure)に特化していた。
しかし、疾患や傷を診て〝患者(人)を見ない〟無機質な医療は、患者をモノ化し、患者のQOLを低下させた。
その反省から、徐々に患者の世話や配慮を重視する「ケア」(care)が行なわれるようになった。
ケアにおいては、治療=キュアはケアの一部となり、患者の苦痛の緩和や生活の向上、精神的なサポートなどが併行して行なわれる。
そして、ケアを行なうにあたっては、医師を中心に、看護師や理学療法士、作業療法士、メディカルソーシャルワーカー(MSW)などの関係者がチームとして連携することが求められる。
なお、こうしたケアがもっとも重視されるのが、終末期医療の現場である。
末期患者に対して「緩和ケア」を行なう「ホスピス」では、チームによる身体的・精神的ケアは当たり前となっている。

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