【生命倫理学】人工妊娠中絶(artificial abortion)

人工妊娠中絶」とは、胎児の成長をある時点で故意に終わらせることである。
多くの国で限定的に容認=合法化されているが、倫理的に大きな問題がある。

パーソン論

人工妊娠中絶でもっとも大きな問題は、〝胎児は人か否か?〟の線引きである。
この手の問題においては、もっぱら〝人はどの段階で生物学的ヒトになるか?〟が問題とされてきた。
これに対して、アメリカの哲学者であるマイケル・トゥーリー(Michael Tooley、1941-)は、1972年に公表した「人工妊娠中絶と嬰児殺し」(『バイオエシックスの基礎』のなかに抄訳「嬰児は人格を持つか」として所収)において、〝人格的ヒト〟という概念を導入し、〝生物学的ヒト〟であるだけでなく、〝人格=パーソン〟が備わっていなければ生きる権利はないとする「パーソン論」を唱えた。
このトゥーリーの考え方によれば、胎児や新生児には生きる権利がないため、人工妊娠中絶は道徳的に許されることになる。
その後、トゥーリーのパーソン論=「厳密な意味での人格」の概念に対して、H・トリストラム・エンゲルハート(H.Tristram Engelhardt,Jr、1941-)は、1982年に公表した「医学における人格の概念」において、「社会的意味での人格」という概念を唱え、最小限であっても社会的な相互作用(両親や他の人びととの人間関係)が可能な胎児や新生児を擁護しようとした(「修正パーソン論」)。

プロチョイスとプロライフ

米国では、人工妊娠中絶の是非について、産むか産まないかは女性の選択(チョイス)あるいは権利(ライト)によるとして、その合法化に賛成する「プロチョイス」(プロライト)と、胎児の生命(ライフ)や「胎児の生存権」を尊重し、合法化には反対の「プロライフ」に立場が分かれ、両者は激しく対立している。
〝人はいつからヒトになるか?〟という問題については、プロチョイスは、胎児の成長の途中からと考える。
一方、プロライフは、受精した時点からと考える。
そのため、プロライフは、ヒト胚(受精卵)を壊してつくるES細胞にも反対している。
また、性教育の不足や家族計画の欠如、貧困やレイプなどを要因とする〝望まない妊娠〟による中絶については、プロライフは、それがどのような理由によるものであれ、中絶を容認しない傾向がある。
これに対し、プロチョイスは、ただ中絶を容認するだけでなく、〝望まない妊娠〟そのものを減らすことにより、人工妊娠中絶を減らそうとしている。

母体保護法

日本には、不妊手術と人工妊娠中絶に関する条件を定めた法律=「母体保護法」があるが、人工妊娠中絶が認められる条件として、健康上の理由、暴行やレイプなどによる妊娠に加え、「経済的理由」が挙げられている。
これは、〝経済的な事情により母体の健康が著しく害されるようであれば中絶してもよい〟という条件である。
この条件により、日本での中絶は実質的に自由化されており、その数は30万件は下らないのではないかと推測されている。

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