【徳倫理学】アリストテレス(Aristoteles):知性的徳と倫理的徳

アリストテレス(B.C.384〜322)は、プラトンの弟子である。
しかし、アリストテレスは、イデア論という理想主義的な哲学を唱えた師プラトンとは対照的に、現実の個物の内にこそ事物の本質=「形相」(エイドス)が存在するという現実主義的な哲学を唱えた。(※1)
そのため、徳に関するアリストテレスの考え方は、プラトンに比べ、やはり現実主義的である。

アリストテレスは、『ニコマコス倫理学』において、人間の魂を、「知性的部分」(理性や思考の領域)と「非知性的部分」(感情や欲望の領域)とに分け、それぞれの優秀性=徳を「知性的徳」「倫理的徳」(習性的徳)とした。
「知性的徳」は、思考の働きに関わる徳で、正しさを認識する「知恵」(ソフィア)と善き実践を判断する「思慮」(フロネーシス)を含み、教育によって身につくとされる。
一方の「倫理的徳」(習性的徳)は、感情や欲望の統制を伴う理性的選択に関わる徳で、修練や鍛錬を繰り返し実践することで形成される「性格」(エートス)によって身につくとされる。

「倫理的徳」(習性的徳)を身につける際に重要だとされるのが、「中庸」(ちゅうよう、メソテース)である。
これは、行き過ぎや不足の両極端に陥ることなく、正しい〝中間〟(中庸)を見出し選ぶ徳のことである。
たとえば、勇気は、行き過ぎた勇気である「無謀」と、勇気の不足である「臆病」の〝中間〟の状態にあるとき、はじめて徳として成立する。
また、節制は、「放縦」と「鈍感」の〝中間〟の状態にあるとき、はじめて徳として成立する。(※2)

このように、プラトンにおいては「想起」さえすればよいとされた徳であったが、アリストテレスにおいては、それだけにとどまらず、継続的に実践することが重視されたのである。

(※1)「アリストテレス:実体論」を参照
(※2)「アリストテレス:倫理学と幸福」を参照

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