QLOMAGA[クロマガ]|哲学系情報マガジン

ヘーゲルの哲学では、人間の理性(認識)は世界(対象)をいかに捉えることができるかが問題にされた。
しかし、彼の哲学のなかに現れる人間は、概念化された思考上の存在で、決して現実世界を生きる生身の人間ではなかった。
デンマークの哲学者セーレン・オービエ・キルケゴール(Soren Aabye Kierkegaard、1813-1855)は、そうしたヘーゲル哲学に対して、自分が直面している人生の問題には何も答えてはくれないという評価を下した。
なぜなら、キルケゴールは、〝この私〟自身がどう生きるかを問題にしていたからである。
そのため、キルケゴールは、22歳のとき、「私にとって真理であるような真理を発見し、私がそのために生き、そして死ぬことを願うようなイデー(理念)を見出すことが必要なのだ」と考え、自分にとっての個別的・具体的な生き方を示してくれる「主体的真理」を求めていった。
その結果、人間は、絶望をきっかけに3つの段階を経て本来の生き方にいたると考えたのである。

美的実存

あれもこれも」というように、欲望のおもむくままに生きる段階である。
この段階が「美的実存」である。
しかし、ひたすらに快楽や欲望を追い求めても、決して満たされることはなく、倦怠(けんたい)や虚無感に襲われ、やがて自分自身を見失い、絶望することになる。

倫理的実存

快楽や欲望を追い求める生き方ではなく、「あれかこれか」と正しく選択し、良心的に生きようとする段階である。
この段階が「倫理的実存」である。
しかし、良心的に生きようとすればするほど大きな困難に直面し、その結果、自分の罪深さや無力さを痛感し、絶望することになる。

宗教的実存

絶望=「死にいたる病」を自覚し、人間という存在を根拠づける神の前にただ一人「単独者」として立ち、自分自身の全存在を賭けて関わろうとする段階である。
この段階が「宗教的実存」である。
この宗教的実存においてはじめて、人は自分を確立し、本来の生き方に到達できるのである。

なお、ヘーゲルに代表される理性中心主義に対抗し、自分の主体的な生き方やあり方を追求したキルケゴールの哲学は、「実存主義」(※1)の先駆と位置づけられている。

ブックガイド

死に至る病─まんがで読破─
▼キルケゴールの著作は難解なことで有名だ。しかし、本書は、その難解だと言われる著作の内容を実にわかりやすく紹介している。「キルケゴールの哲学について知りたいのなら、まずこれを読め!」と断言できる入門書だ。

死にいたる病』(桝田啓三郎 訳)
▼上記の入門書を読んでキルケゴール哲学のポイントを把握できたら、ぜひ挑戦してほしいのが本書だ。良質な翻訳、豊富で丁寧な解説と註が、キルケゴール哲学への理解を助けてくれる。簡単に通読できるような代物では決してないが、根気よく読み進めていけば、キルケゴールの息吹に触れられるはずだ。


(※1)「実存主義」(existentialism)とは、〝今ここ〟にいる人間という「現実存在」=「実存」としての自分のあり方を追究する立場のことである。ヤスパースやハイデガー、サルトルらが、実存主義の哲学者だとされる。