QLOMAGA[クロマガ]|哲学系情報マガジン

ぼくが「功利主義」という言葉を初めて目にした(耳にした?)のは、大学(法学部)の西洋政治思想史のゼミで、ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』を読んだときだ。
しかし、「功利主義」という言葉の第一印象は決していいものではなかった。
なぜなら、功利主義の「功利」という言葉に〝打算的〟というニュアンスを感じたからだ。
だから、そのときは、功利主義とは〝損得勘定の哲学〟だと単純に思った。

こんな昔のことを思い出したのは、『英米哲学史講義』を読んでいたら、功利主義という言葉がポジティブな印象を与えず、功利主義が「自己の利益を追求することをよしとする立場、というように考えられてしまっているふしがある」(p.11)と書いてあったからだ。
「功利」という言葉に悪い印象を持つのは、ぼくだけではなかったらしい。
著者の一ノ瀬正樹氏によれば、「それゆえ、今日『功利主義』は、日本語としての名前の印象のマイナス要因を回避するため、『公益主義』などと呼ばれることもある。私自身は、『最大多数の最大幸福』というスローガンに即して、『大福主義』という呼び名を本書では提唱している。なんとなくふくよかで、しあわせな感じが伴う呼び名で、功利主義が受けてきた誤解を解くのにもよいかと思った次第である」(p.12)。

一ノ瀬氏には悪いが、「大福主義」という呼び方は、ちょっとダサい(汗)
それに、「大福主義」という言葉からは、どんな哲学なのかも想像しにくい。
だったら、「公益主義」のほうがいいと思う。
「公益主義」であれば、公の(社会の)利益を追求する哲学だということがわかる。
いや、でも「公益」だと、〝個人の利益よりも社会の利益を優先する〟というニュアンスが出る。
功利主義は、たしかに、〝多くの人びとを助けるために1人を犠牲することを許容している〟という批判を受けてきた。(※1)
だから、「公益」と聞いて、そんな批判と同じ疑念を感じ取る人がいるかもしれない。
では、何と呼べばいいのか……?

利多主義、多幸主義、多福主義、増福主義、幸大主義……


思いつきで書き並べてみたが、功利主義よりも意味をより正確に表し、しかも言葉の響きもいいネーミングをするのは、なかなかむずかしそうである。

(※1)この批判への〝反論〟については「【功利主義】ヘア:二層理論」を参照